中島哲也監督作「来る」を見てきた!【ネタバレあり】

ようやく中島哲也監督作の「来る」を見に行くことができた。

前評判では「来る」なのに人が「来ない」と酷評であったが、中島哲也の最新作とあらば見に行かないわけにはいかない。

原作は読んだことはないが澤村伊智の「ぼぎやんが、来る」

ホラーとのことだが、中島哲也の監督作でただのホラーになるわけがない。

あらすじ

オカルトライターの野崎の元に相談者・田原秀樹が訪れた。

最近身の回りで超常現象としか言えない怪異が発生しているという。

妻の香奈と一人娘の知紗に危害が加わることを恐れていた。

野崎は霊媒師の能力を持つキャバ嬢の真琴とともに真相究明に向かうのだが、田原家に取り付く「何か」は非常に協力であった。

その「何か」は田原の過去の記憶に残る「あれ」であった。

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感想

本作は大きく分けて三章に分かれる。

第1章は相談者田原の目線による「あれ」との恐怖。「あれ」のルーツとなるものを探る。

第2章は相談者田原の妻である香奈の目線。

第3章はオカルトライターの田原の目線で物語は進行していく。

ホラー映画とは名ばかりの「あれ」との戦いは心霊バトルものであり、真に怖いのは人間の闇である。という中島哲也監督らしい作風である。

おそらく原作はきちんとホラーしているのだろうが、映画としてはホラーとしての要素は限りなく少ない。

また後述する前説が長すぎて最初は少し退屈な展開ではあるものの、野崎が出てくることで急速にエンターテイメントへ舵を切ることになる。

「あれ」は人の声を真似て近づいてくる。

真琴では対処しきれず、助言してくれたのは日本最高峰の霊媒師でもある姉琴子。

琴子の正体で高名な霊媒師を紹介してもらうものの、油断した隙に腕をちぎられるという強大な力を誇る「あれ」

第1章ラストでは田原が家族を守るためにではあるものの「あれ」の声に騙され、知らず識らずのうちに招き入れる準備をしてしまう。

それに気づいた瞬間、「あれ」の恐ろしさに怯え、第1章最大の盛り上がりを見せる。

「あれ」が近づいてくるのは何故かはわからないただ妻夫木聡演じる田原に何か引きよせる要因がある。

田原は一見は子育てに熱心な誰もが憧れるイクメンパパではあるものの、実際は妻の香奈に子育ての全てを押し付け、人の気持ちを顧みない。

良い父親を演じる自分に酔っているのだ。

その最大の犠牲者は妻である香奈であり、自分の幸福を演じる材料でもある娘であった。田原家には大きな溝がある。

上映後30分近く田原家の幸福に満ち溢れていますアピールが凄くて胃のむかつきがとまらなかったが、すべてはこの後に起きる惨劇との対比を作るための前説なのである。

第2章では田原無きあとの香奈の目線でストーリーは進む。

第1章では恵まれない家庭環境で育ち、田原との関係性に不満を感じながらも育児に奮闘する母親という美談のような雰囲気であったが、第2章の前半で「秀樹が死んだことは悲しくもなく、むしろ嬉しかった。私は解放されたのだ。」という思いを語る。

ここから第1章とは全く異なる香奈という人物像が浮き彫りになる。

おそらく最初からそういう人であったのではないのかもしれないが、田原との関係も納得のいくものでもなく、追われゆく育児や家事に徐々にノイローゼになる香奈。

またこれは民俗学者である親友の津田の策謀でもあるのだが、不倫し、そして最愛の子供も邪魔になる。

まるで毛嫌いする実の母親と同じである。

頭空っぽな父親を演じきった妻夫木もさすがの演技力であったが、妻役を好演した黒木華も徐々に狂っていく母親を上手に描いていた。

本心なのか口にした「知紗あげるよ」の言葉に「あれ」が強大な力で迫ってくる。

気づいた時にはすでに遅し。真琴の犠牲を背に駅で香奈と知紗は「あれ」から逃げるが、逃げられることはなく・・・と第2章は終わりを迎える。

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そしてクライマックスへ

第3章ではようやく本作の主人公である野崎の目線で物語は終幕へ進む。

一見無愛想だが愛情深い野崎。真琴を救うため行動に出る。

琴子の呼びかけで集まった日本中の霊媒師たち。

しかし「あれ」は黙って見ているはずはなかった。

合流するはずだった霊媒師の半数は「あれ」に葬られ、改めて「あれ」の強大な力に恐れる。

特に沖縄からきた霊媒師4人組のおばちゃま軍団の軽いノリと、「あれ」に襲われるシリアスなシーンの対比は素晴らしかった。

そして迎える最終決戦。

本作最大のエンターテイメントでもある祓いのシーンは壮大であった。

最後の結末はぼかされる形で終わることになるが、あまりはっきりされてもモヤモヤしたのかもしれないのであれはあれで正解なのかも。

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総評

主人公を変えながら進んでいくオムニバスのような形態のこの作品は、主人公も多方的から描写し、人間の嫌な部分を強く見せつけてくる。

まさに中島哲也らしい演出である。

秀樹の香奈に対する態度、香奈が秀樹に対して思っている感情。一見いい人そうに見える人の思い。誰もが抱える心の闇。

どちらかというとホラーというよりもミステリーに近い作風であったが、ラストの大掛かりな除霊シーン(映画史上最大級?)は心霊アクションものと言わんばかりの盛り上がりであった。

「あれ」とはおそらく、「子返し」の犠牲になった子供の霊なのではないかと私は思った。

だから作中で子供は犠牲になることはなく、子供を邪険に扱う大人は例外なくその餌食となっている。

「あれ」は子供を攫いに来ているのではなく、助けにきているのではないかと思う。

「あれ」も劇中で津田の言う、うまくいかないのは妖怪のせい、といった人の心の闇が生んだバケモノなのだ。

また劇中で野崎と琴子の会話に子供は不気味だという話がある。

大人には大人の秩序があり、子供には子供の秩序がある。

最初の法事のシーンで子供がはしゃぎまわり、最後の凄惨なシーンのあとに血まみれの野崎の上で笑う知紗。

両者ともに大人の秩序とは違うところで子供の秩序が存在している。

また最後の知紗の夢にポップなオムライスの曲が出てきて終幕となるがこれも、あれほど凄惨な事件のあととは思えない純真さがある。

「あれ」も「子供」もおそらく同じ秩序の中で生きているのだ。だからこそ琴子や野崎にとって子供は理解のできない不気味なものなのだろう。

演出がポップ過ぎてホラー映画苦手な私でも怖がらず見ることができたが、やはりホラーというよりも人間の闇を描く作品だったのだろう。

ちなみに余談であるが、娘がご飯を食べずに遊んでばかりいるので「遊んでばかりいると”あれ”がくるぞ」と脅すと恐ろしいほど効き目があった。

彼女にとって「あれ」とは一体何なのだろうか。

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